おばあちゃんの手
- Shiori Hatakenaka
- 2021年2月14日
- 読了時間: 5分
安芸市の小高い丘の上で文旦をはじめ、季節季節の柑橘を栽培・管理する大北果樹園さん。 2020年春先に知人を介して出会い、 意気投合したことがきっかけで果樹園の撮影を依頼していただき、 2020年5月から毎月果樹園に訪問しています。
5月の花付けから、12月の収穫、そして1月の出荷準備まで 文旦の春夏秋冬の成長を間近で見届けさせていただきました。
現在、文旦を楽しむ期間ということで 2020年2月13日、20日、27日、3月6日の4日間 同市にあるゲストハウス『Hostel東風ノ家』さんにて様々なイベントを行っています。
その中の一つの企画として 一年を通して撮影した写真で写真展を、という園主たっての希望もあり、 『文旦の成長をめぐる写真展』を開催しています。

春夏秋冬、4枚ずつ(冬のみ5枚) 園主とともに写真を選び、ワイド四切の見応えあるサイズに印刷。 一枚ずつ情景を思い出せるようにほんの少しの言葉も添えました。
趣ある古民家・東風ノ家さんの室内に写真を飾らせていただいております。 写真は冬の写真を設置した廊下。 今ではとても珍しい青い壁。素材は土佐漆喰だそうです。 美しいブルーに、収穫した黄色い文旦がとても映えています。
私が一年通してこだわったことはあくまでも自然な姿を撮影するところ。 なので、どの写真もセッティングなどせず
その日その瞬間のありのままの姿を撮影しました。 実際に花粉つけや剪定、収穫作業も行い 撮影だけで感じるよりずっと貴重な経験となりました。 そんな一年を通して、この写真展のために用意した写真は19枚。 冬の写真の一枚に、 前園主である和さん(現園主)のおばあちゃんが文旦を仕分けしている写真があります。 それがこのおばあちゃんの手の写真。

これは私が今回どうしても入れたかった写真です。
50代の時に果樹園の園主だった旦那さんが亡くなり その後、ひとりで果樹園を切り盛りしてきた和さんのおばあちゃん。
30年以上おばあちゃんが大切にしてきた果樹園は 2018年の9月から孫にあたる現園主・和さんが引継いでいます。 わたしはお会いしたのは2回目。 この日は一緒に果樹園に行き、追熟した文旦の搬出作業をしました。

その作業をしている最中に 自分がずっとこの果樹園で汗水流して栽培してきたこと 今と違って機械もなかったので、膨大に成る果実を一つずつ手作業していたこと おじいちゃんの守ってきた木々を自分が守ってきたことなど 何気なくお話してくれていましたが それだけでも充分、果樹園への想いが伝わってきました。
そんなおばあちゃんの手が、
長年仕事をし続けた勲章のような手だなぁ、そう感じ 文旦に触れている瞬間をさりげなく撮った一枚です。
手を撮るのはよくある写真、ありきたりの写真と思う方もいるかもしれませんが 和さんと一年果樹園をみて、一緒に作業して
文旦を育てるその工程と作業量、そして広大な土地 その作業を1人でしていたことを考えると私にとってはとても思い深い一枚でした。
しかし、その想いはこの後さらに増幅することに。
それは和さんの何気ない一言でした。
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2月12日、イベント開催前日。 写真展の設営のため安芸へ。 この写真を壁に貼ったあと、和さんはこう言いました。
『これ、選んでる時は気づかなかったんですが、 おじいちゃんの番号です!おじいちゃんの名前も入ってるし!』
コンテナに書かれた”705”という番号。 これは生産者が出荷する際、一人ひとりがもらう生産者番号だそうです。 文旦を選果機に入れ、出荷前の仕上げを行い、 出てきたところをそれぞれM、L、2L …といった各サイズ それぞれコンテナに分けていきます。 そこにおばあちゃんがそのサイズが間違っていないか、 文旦の質はどうかと目を光らせていました。 文旦がある程度入ったらコンテナを移動させていましたので、 コンテナが揃っていることは本当に偶然のことで。
たまたま私が撮った一枚に写ったのが、 どちらも”705”番 おじいちゃんのコンテナです。
和さんの言葉を受け、 鳥肌がぶわっとたち、こみ上げてきました。
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次の日の2月13日。 この日はイベント初日で、日帰りの果樹園の園地散策ツアーと 大北果樹園の文旦を使った甘味コースのイベントを開催。
1人ずつ携わった方々が挨拶していくなか、わたしも挨拶に呼ばれました。
もとより前に出るのが苦手なわたしは、大丈夫と応えましたが、 すぐに考えを撤回し、みなさんの前に出ることに。
帰りに少しでもいい。 大北果樹園の全てが詰まった あの写真だけはみてもらいたい。
そう思い、エピソードとともにあの一枚の紹介をさせていただきました。
”前園主のおばあちゃんが亡くなった旦那さんの後を継いで 女手ひとつで文旦に費やしてきた手と、 おじいちゃんの名前と番号、 そしてそれを全て受け継いだ現園主の育てた文旦。 その全部詰まったあの写真だけでいいからみて欲しい”
イベント終了後、その写真の前にみなさんが足を運んでくれ 『噂の写真』と呼んでくれていました。
無事イベントが終了し、初日も終了。
お疲れさまと一緒に和さんから 『僕、あの話に泣きそうになりました。』という感謝とともに 少し言葉が続きました。
『僕思ったんです。 おじいちゃんが”俺も写りたい”ってそう言ってたんじゃないかって。』と。
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たまたま撮った一枚がきっかけで、 いろんな思いが交差し、それをまた受け取ってくれた方々がいて。
本当に貴重な体験。
たった一枚の写真ですが、 『のこすこと』でこんなにも素敵なことが起き、 大事なことに気づくきっかけに。
写真は撮るだけが全てではなく、 そこに想いを重ねること、振り返ることのできる 本当に素敵なものだとわたしは思っています。
今回を経て、わたしのなかで、 大切な思い出がまた一枚増えました。
あの写真は写真展が終了した後、 おばあちゃんに直接お渡ししたいと思ってます。
誰でも大切にしたいことがある。 日々の忙しい日常で霧がかかったように 見えなく、薄れてしまうこともあるけど それを鮮明にのこすことができるのが、 写真だと思います。
何気ない日常に想いは重ねられている。 わたしは鮮やかに、 その記憶をかたちにのこしたい、そう思います。
わたしも大事にしたい縁や人たちと一緒に その想いを大切にできるよう、 一枚いちまい丁寧に紡いでいきたいです。

大北和さんとおばあちゃん



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